浄土真宗の話題 ー平成17年(2005)ー
西本願寺法主より高岡城主が優位
北日本新聞(12月17日付)によれば、富山県・高岡の開祖である前田利長(加賀藩2代藩主。前田利家の嫡男)が高岡入城の際に、西本願寺法主・准如に宛てた書状が発見されたそうです。
利長が魚津城から高岡城に転居した折、准如が祝いの品を贈っており、その返礼状のようです。その品とは「杉原紙10束と酒の肴」だったそうです。
慶長14年(1609)9月15日の日付で、「用事があれば、越中までお越しください」と書かれています。これによって北日本新聞では、「利長が下向を要求し、優位性を誇示している」と評しています。
そして、なぜ准如が利長に祝いを贈ったのかと言えば、
「自らが率いる西本願寺に対して兄の教如が7年前に東本願寺を創建し、門徒集団が分裂したことが背景にあるとみられる。北陸の門徒を自派に引き入れようと、兄弟が前田家にさまざまな接近を図っている。慶事に准如がすかさず贈り物をし、利長の歓心を買おうとした政治的行動との見方が強い」
ということだそうです。
権力との関係は、難しいものですね。
2005.12.22
大谷光真・西本願寺門主の講演
今年4月、京都の立命館大学にて、浄土真宗本願寺派(西本願寺)の大谷光真門主の講演が行われました。
(読売新聞より)
「日本最大の伝統宗門トップが学生らに語りかけるのは極めて異例だ」そうです。
「『現場なき教学』と言われ、仏教教団でも理論と現場の食い違いが課題」と明かす。会場から「社会に向け具体的にどんな活動をしているのか」と問われ、「自信を持っては答えられない」とした言葉が、困難な現状を象徴しているように思えた。
まさにそのとおりだと思います。さすが鋭い分析をなさっています。
「理論と現場の食い違い」といわれますが、浄土真宗の教義の本を読んで書いてあることと、実際の布教とが、どうも合っていないように感じられます。
今後は、社会に向け、自信を持って「これをやっています」という活動を期待したいものです。
もちろん、親鸞聖人の教えを伝える、という範囲においてですが。
2005.12.21
東西本願寺ですす払い
岐阜新聞のニュースからです。
本日朝から、京都の東本願寺・西本願寺で、年末恒例の「すす払い」があったそうです。
東本願寺の阿弥陀堂では約200人、西本願寺の阿弥陀堂では約500人が参加したそうです。
かっぽう着やマスク姿で、堂内に積もった1年間のほこりをあおぎ出すのですが、毎年不思議に思うのは、どうしてそんなにほこりをためるのでしょうか?ということです。
こまめに掃除しないんですかね? 仏法が説かれる大切な場所なのに。
「もうもうと舞い上がる白いほこりを後ろから、長さ約2メートルの大うちわであおいで外に払った」
とありますから、よくテレビでイラクで砂ぼこりが巻き上がる様子が放映される、あんな感じですかね。私は行ったことがなくてよく分からないのですが。
それでも、西本願寺では30分くらいで終わったそうですので、大掃除というよりは、あくまで行事なのかもしれません。「すす払いは本願寺中興の祖・蓮如時代から約500年続く伝統行事」だそうですから。
それでも、行事は行事として、聞法道場でほこりが舞い上がるような状態のまま放っておくことのないようにお願いしたいものです。
2005.12.20
西本願寺放火犯へ地裁判決
読売新聞のニュースからです。
9月に、浄土真宗本願寺派本山・西本願寺の阿弥陀堂に侵入し、放火しようとして灯油をまいた男に、京都地裁は懲役6年を言い渡しました。
巻き添えになってケガ人や死者などが出なかったのは、何よりでした。
2005.12.19
「仏教を見直す」って……
同じく『中外日報』12月13日付よりのニュースです。
香川県観音寺市内の超宗派の住職でつくるグループ(代表は浄土真宗本願寺派=西本願寺=某住職)が、「佛教を見直す」というテーマでシンポジウムを開き、仏教者の役割について討論したそうです。
そこで、仏教が葬式や法事などの儀式だけにとどまっているという指摘に対し、「葬儀を営む意義は大きく、葬儀に臨んで初めて無常観に目覚め、死を身近な問題としてとらえられる」などの意見が出たとのことです。
一方「僧侶が葬祭業者のスタッフでしかない」とか「(葬式・法事が)業者主導のきらいがある」などの指摘もあがったと書かれています。
「仏教を見直す」と言っても、これでは「葬儀を見直す」になってしまわないでしょうか。
僧侶と業者で死者の奪い合いをして、ハゲタカのような葬式仏教、という指摘をまさにそのまま象徴するシンポジウムになってしまっているような感じがします。
僧侶・仏教者の本分は何でしょうか。布教でしょうか、葬儀でしょうか。親鸞聖人の教えを伝えることこそ、僧侶の使命だと思うのですが、いかがなものでしょうか。
2005.12.15
そもそも「門徒」って?
平成23年(2011)には、親鸞聖人750回忌が各地で行われる予定になっています。
浄土真宗本願寺派(西本願寺)の「親鸞聖人七百五十回大遠忌宗門長期振興計画」の「目玉」が、首都圏での「新たな100万人の門徒の誕生」だそうです。(中外日報12月13日付より)
では、その「門徒」とは何かというと……
・仏教や真宗に興味を持つ人
・従来のタイプよりもう少し広い意味で宗門に関心を持つ、何かの時に交流できる新たなタイプの門信徒
という人たちを念頭においているようです。
まあ、確かに「3%教団」と門主自身が危機感を覚えるほど、首都圏において衰退著しい身にしてみれば、何とか増やしたい、という思いは分かりますが、このような人たちも「門徒」と呼ぶならば、どんな人でも門徒になってしまうのではないでしょうか?
親鸞聖人に少しでも「興味を持つ」人は、ものすごい数にのぼると思います。「何かの時に交流できる」人ならば、寺院でライブをやる若者も「門徒」になります。そういう人が増えていって、それで「100万人の新たな門徒」の誕生、と喜べるのでしょうか?
浄土真宗の教えを、自分自身の問題として聞き求める人こそが、増えてほしいものです。
2005.12.15
本願寺派の教学制度
浄土真宗の教学制度は、派によっていろいろ違いがありますが、『中外日報』(11月22日付)に本願寺派(西本願寺)の制度が紹介されていましたので、書いてみます。
宗門内の教学に関する地位
(上から)勧学・司教・補教・助教・得業
最高機関=勧学寮
最高責任者が勧学寮頭
構成員が勧学寮員
……「勧学」という学位を有する僧侶から選出される
勧学
……「司教」から選考される
勧学の選考基準は、
1 司教に昇階した順序
2 教学研鑚行事「安居」の出講回数(3回以上)
と伝えられています。
ところが、上記の基準を満たし、ここ数回の勧学昇階者よりも先に「司教昇階」していた紅楳英顕氏が、今回も「勧学指名」から外されたそうです。これに関して、記事執筆者の松井順嗣氏(本願寺派浄福寺住職)は、疑問を呈しています。(ちなみに氏によれば、ここ数回の勧学昇階者の中には「安居」出講2回の人もあったそうです)
総局や勧学寮にも質問書を送付しましたが、返答がなく、定期宗会の議題としたいとして議員78名に「質問書」と「返信書」のコピーを送付したうえで、『中外日報』に投稿した、とのことでした。
その経緯も詳しく書かれていますが、確かに、どうして質問に回答されないのかな、と疑問に思いました。
2005.12.12
富山市でもライブ
先日、大谷派本山でのライブのことを書きましたが、今度は富山市の本願寺派(西本願寺)浄徳寺にて、「おてらdeらいぶ(略称・てらいぶ)」が行われるそうです。
(ここに情報あり→http://www.bloc.jp/nobusax/)
北日本新聞によると、市内の「よさこい」チームが、会場を探していて、雅楽をたしなむ同寺住職に相談したところ、寺で開催されることになったとのことです。
住職は「もともと寺は、地域の人にとって身近な存在。ふれあいの場になればうれしい」と語っていますが、一方出演者代表は「聴いた人が幸せになれるようなライブにしたい」と言っています。うまくかみ合うのでしょうか?
いずれにしろ、親鸞聖人の教えを伝える場となってほしいものです。
2005.12.10
浄土真宗と差別問題
第二次大戦中、宗教界、特に浄土真宗は、政府の戦争推進に全面的に協力し、「皇道真宗」とまで名乗って戦争協力を推し進めたことは有名ですが、もう一つ、批判されている姿勢として、いわゆる「部落差別」問題があります。差別を受けるのも、過去の業なのだからと忍従を強いたことが、昨今、強く反省を促されています。本も多数出ていますね。例えば……
差別と真宗
著者:仲尾 俊博,仲尾 孝誠
販売元:永田文昌堂
親鸞と差別問題
著者:小武 正教
販売元:法蔵館
逆に、一切の差別を離れ、万人が平等の世界を明らかにしていかれたのが親鸞聖人でした。その視点からは、こんな本もありました。
親鸞 差別解放の思想と足跡―中世民衆と親鸞の旅
著者:武田 鏡村
販売元:三一書房
最近にも、悪質な差別投書事件がよくあるそうです。これらの事件をテーマにした「宗会基幹運動研修会(本願寺派)」が、本日午後、行われたとのことです。
今でも大阪周辺では、差別問題は日常生活に影を落としているそうです。すべての人が「人間に生まれてよかった」と喜べるようにしたいですね。
2005.12.9
扁平足を鍛えると、正座に強くなる?
おもしろい記事が『中外日報』(11月29日付)にありました。
扁平足の人は、まず砂利の上を、裸足で歩いてください。その砂利も、玉砂利ではなく、石を砕いただけの、トゲがいっぱいある砂利がよいそうです。
その上を裸足で歩くのは、大変痛いのですが、30分くらい歩くと、「足の裏に生きている感覚がよみがえってくる」(真宗高田派常徳寺住職・藤井秀慧氏)そうです。そして正座をすると、とても楽になると藤井氏は書いています。
足ツボマッサージなど、足の裏を刺激することが健康によいことは、よく聞いて知っておりましたが、こういう効用は初めて読みました。
試してみたいですね。
2005.12.8
浄土真宗のライブ
真宗大谷派(東本願寺)の報恩講では、「ライブ・イン・浄土の真宗」が行われました。
親鸞聖人のご和讃からヒントを得て、「若者が奏でるメッセージ性に富んだ音楽が、約400人の聴衆を魅了した」とありました。
これで、寺離れが激しい若者も、親鸞聖人の教えを聞くようになれば、よいことです。
問題は、ライブで終わらず、そこに親鸞聖人の教えをいかに訴えていくか、ではないでしょうか。
(京都新聞より:2005.12.7)
仏教史(真宗史)の入門書
日本の仏教の歴史を学ぶうえで、「これを読まないと始まらない」という本が、
辻善之助氏の著作『日本仏教史』です。
全部で10巻になっています。
古代から、中世(1〜5)、近世(1〜4)の時代区分がなされていますが、何しろ大部ですので、なかなか全部読むのは大変です。
浄土真宗は、中世編と近世編で、かなりのページ数をさいて記されています。
この本が、いわゆる「近世仏教堕落論」の嚆矢(こうし)となりました。
江戸時代の仏教は、体制の上に安住し、布教の情熱を失い、放逸に流された、という論です。
戦後、この堕落論(辻史観)を克服しようと、様々な議論がなされましたが、まだまだ論争は続いているようです。
2005.12.6
大谷派の報恩講
11月21日から28日まで、真宗大谷派の本山で、親鸞聖人報恩講が行われました。
『中外日報』によると、その内容は、「大谷暢順門首が、本尊左脇に安置された親鸞聖人の真影に向かって着座。法要を親修した。内陣と外陣には、本山堂衆や一般寺院の住職ら計150人ほどの僧侶が出仕。正信偈や和讃を唱えた。」とあります。つまり、勤行をしたのですね。で、それで終わり? まあこれは初日なので、この後に法話があるのでしょう。『中外日報』には初日の様子しか報道されていませんからね。
御満座に参った人の話では、阿弥陀堂で行われていたために、人があふれていたそうです。『中外日報』では、初日の参詣者は約1,300人。期間中の総数は2万人が見込まれていたそうです。
(中外日報 11月26日付より:2005.12.5)
「大谷本願寺」の御本尊は……
「大谷本願寺」の御本尊は……
「お東紛争」の終局に伴い、真宗大谷派本山・東本願寺境内の「門首邸」を引き払った大谷家25代当主・光道氏が、右京区に寺院を建立しました。その名も「大谷本願寺」。
その完成の法要が報道されていました。写真もあって、分かりやすいです。新しい所はいいですね。御本尊は、「大谷家の内仏の宗祖・親鸞の木像と阿弥陀如来像」とのこと。これまた新しい(親鸞聖人のことを考えれば)。
特に東本願寺は、紛争により、分裂を繰り返して、あきれられてしまいました。一般の人が仏縁を結ばれるためにも、今後このような醜態は終わりにしてほしいものです。
(京都新聞11月27日記事より:2005.12.2)
最も大切な「教え」を発信する施設
「『ハコモノはもう要らない』との声も聞きますが、もっとも大切な教えを発信するような施設が今までなかったことの方が、私は不思議でなりません」
浄土真宗本願寺派の第279回定期宗会にて、北海道教区の新人僧侶議員が、こう発言したという。
いや、ごもっとも。ではどんな施設を?
親鸞聖人750回大遠忌法要の目玉として、本山境内地に「本願寺メッセホール」を建設する。1階に、音と映像で浄土真宗の教えを体感できる空間。2階は「釈尊ホール」、仏教東漸の資史料を展示。3階は「しんらんホール」、親鸞聖人の教えと生涯を学ぶ資史料を展示。そして4階が「ピースホール」で、戦争と平和、環境問題、差別と人権に関する資史料を展示するという。
何となく、これまでの傾向と代わり映えのしないような気がするのは私だけか。これで「最も大切な教え」をどれだけ発信できるのか、もう少し踏み込んだ提言が欲しい。
ちなみに、同議員は「親鸞聖人の肉声を再現し、バーチャル映像とともに参拝者へのメッセージを流せば」とも提案したそうだが、できたら驚き。ただし、10年余り前に、「宗祖の肉声を再現するなどとは恐れ多い」との理由で、すでに頓挫したことがあるとか。
(中外日報 平成17年11月17日号より)
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